想像してみた:文豪とインターネット
ふと思いついて、想像していました。
若くして亡くなってしまった文豪たちが、今の時代に生きていたら心のよりどころやファンの存在に支えられて若くして命を断つことなく済んだのでしょうか?
インターネットがあってウェブ上で作品を発表することもできて、自己表現が比較的容易にできる現代。今はSNSで人と繋がれる。常につながっていることもできる。
必死に同人誌を作って小説を発表していた人たちが今の時代に生きていたらどんな風だったんでしょうね。
実は文豪と呼ばれる人たちのことは、あまり詳しくは知らないんです。太宰治の「人間失格」はここ数年で初めて読んだし、文豪と呼ばれる近代の小説家が生きていた時代、年代もはっきり区別できません。映画で取り上げられるような数奇な運命も、乱れに乱れた人間関係も詳しくは知りません。
三島由紀夫はTVの白黒映像で見たことがあるような、カリスマだというのはなんとなく知っている程度です。
どんなことを想像したかというと、こんな感じです。
例えば、太宰治が現代に生きていたらウェブ小説でファンを獲得していたかもしれません。自分に自信を持ててやりがいを見つけていたかも。そして、自殺することなく生き続け、より多くの名作を残したかもしれませんね。
さらに例えば、三島由紀夫はカリスマロックスターで大人気になりそうだけど、やっぱり「27歳クラブ (The 27 Club)」の一員になって20代後半で惜しまれつつ死んでしまうかもしれない……。 *27クラブ - Wikipedia
夏目漱石も留学中に「鬱」気味だった頃に、例えばTwitterで呟けていたら、同志が見つかったりしたかもしれない。
実家に新年の挨拶をしに行った日の夜、薄暗い帰り道を歩きながら、「たぶん、こんなことばかり考えているからあっという間に1日が終わってしまうんだと思うけど(笑)……」と夫にこの「文豪が現代に生きていたら?」という話をしてみました。
夫は考えながら「いや〜それでも、やっぱり太宰は死んでしまっていたんじゃないかな?」と言いました。
三島と27歳クラブについては、同意してくれました。「うん、そうかもね〜」と。
だからどうっていうわけじゃないんです。
ただ、なんとなく想像してみただけの話ですから。
だけど想像してみると、楽しくないですか?
SFとか異世界モノみたいで。
今年もよろしくお願いします。